位相雑音——発振器が「完全な音」を出せない理由

理想的な正弦波は存在しない。発振器の出力が持つ微妙な周波数のゆらぎ、位相雑音の話。


理想的な発振器があるとする。出力は完全な正弦波——

v(t)=Acos(2πf0t)v(t) = A \cos(2\pi f_0 t)

スペクトルを見れば f0f_0 に鋭い縦線が一本立つだけだ。でも実際のオシレーターはそうじゃない。その縦線の周りに、裾野が広がっている。これが 位相雑音 だ。

何が揺れているのか

実際の発振器の出力は、こう書いた方が正直だと思う:

v(t)=A(t)cos(2πf0t+φ(t))v(t) = A(t) \cos\bigl(2\pi f_0 t + \varphi(t)\bigr)

A(t)A(t) は振幅のゆらぎ、φ(t)\varphi(t) は位相のゆらぎ。このふたつが「不純物」だ。振幅雑音は AGC などで抑えられることが多いけれど、位相のゆらぎ φ(t)\varphi(t) はなかなか消せない。

φ(t)\varphi(t) がランダムに変動するということは、瞬時周波数 f(t)=f0+12πdφdtf(t) = f_0 + \frac{1}{2\pi}\frac{d\varphi}{dt} もランダムに揺れている、ということ。音で言えば、ピアノの A4 (440 Hz) を弾いているつもりなのに、440.00001 Hz や 439.99999 Hz の間を微妙にうろついている感じ。人間には聞こえないレベルだが、RFシステムにはかなり響く。

L(f) という指標

位相雑音の大きさを表す指標が L(f)\mathcal{L}(f) だ。定義はこう:

L(f)=キャリアから f 離れた 1 Hz 帯域内の雑音電力キャリアの総電力\mathcal{L}(f) = \frac{\text{キャリアから } f \text{ 離れた 1 Hz 帯域内の雑音電力}}{\text{キャリアの総電力}}

単位は dBc/Hz(キャリアに対して何 dB 下か、1 Hz あたり)。たとえば L(1kHz)=120dBc/Hz\mathcal{L}(1\,\text{kHz}) = -120\,\text{dBc/Hz} なら、キャリアから 1 kHz 離れたところで、1 Hz 幅の帯域を切り取ると、キャリアより 120 dB 弱い雑音がある、という意味だ。

実際のスペクトルを見ると、キャリアに近い領域ほど L(f)\mathcal{L}(f) が大きい(雑音が多い)。遠ざかるほど下がっていく。その傾きは発振器の種類によって違う——1/f31/f^3 の領域があったり、1/f21/f^2 の領域があったり。

Leeson 方程式

Leeson が 1966 年に提示したモデルがある:

L(fm)10log ⁣[2FkTPs(1+f024Q2fm2) ⁣(1+f1/ffm)]\mathcal{L}(f_m) \approx 10 \log\!\left[\frac{2FkT}{P_s}\left(1 + \frac{f_0^2}{4Q^2 f_m^2}\right)\!\left(1 + \frac{f_{1/f}}{f_m}\right)\right]

変数をざっくり説明すると:

  • FF: 雑音指数(回路が熱雑音をどれだけ増幅するか)
  • PsP_s: 発振器の信号電力
  • QQ: 共振器の Q 値
  • fmf_m: キャリアからのオフセット周波数
  • f1/ff_{1/f}: 1/f1/f コーナー周波数(フリッカー雑音が支配し始める境目)

見て取れることがいくつかある。Q が高いほど位相雑音は下がる——これが水晶発振器が強い理由だ。水晶は Q が 10410^4 から 10610^6 にもなるから、LC 発振器(Q が数十〜数百)よりずっとクリーンだ。また 信号電力が大きいほど雑音比が改善する、という感覚も合っている。

なぜ問題になるのか

直感的にいちばんわかりやすいのは、受信機のミキサーでの話だと思う。

ミキサーは「信号の周波数を別の周波数にずらす」部品で、ローカル発振器 (LO) の出力と受信信号を掛け合わせる。理想的な LO なら受信信号のスペクトルがきれいに平行移動するだけだ。でも LO に位相雑音があると、LO のスペクトルの裾野も一緒に受信信号と畳み込まれる。

結果として、隣の強い信号の裾野が自分の受信したいチャンネルに「漏れ込む」——これを reciprocal mixing と呼ぶ。強い妨害波が隣にいると、LO の位相雑音のせいでノイズフロアが上がってしまう。どれだけ受信機のアンプを低雑音にしても、LO が汚ければ台無しになる。

結局、何と戦っているのか

熱力学だと思う。絶対零度でない限り、抵抗や半導体接合に熱雑音がある。その揺らぎが回路の中で位相のゆらぎに変換される。Q を上げる、電力を上げる、低雑音なデバイスを選ぶ——どれも「ゆらぎに対する信号の比」を改善しようとする戦いだ。

TCXO や OCXO が高い理由も、PLL の設計が難しい理由も、突き詰めればここに行き着く気がする。発振器を見るたびに、「この箱の中でどのくらい位相が揺れているんだろう」と考えるのが、少し楽しくなった。

— ランキン

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