光の圧力だけで動く膜:フォトニック結晶ライトセイルの実験

ナノスケールの窒化ケイ素薄膜に周期的な穴を開けると、レーザー光を99%反射しながら放射圧だけで動く。デルフト工科大学がライトセイル研究の新しい基準点を作った。


光には運動量がある。光子1個あたりの運動量は p=h/λp = h/\lambda で、まともに感じられるような力ではない。でも、十分な強度のレーザーを十分に軽い物体に当てれば、話は違ってくる。これが「放射圧(radiation pressure)」で、宇宙空間で光の帆を推進力にする——という発想が「ライトセイル」だ。

問題は材料にある。帆は軽くなければならない。でも軽くするために薄くすると、今度は光をうまく反射できなくなる。厚い鏡は重い、薄い膜は透明に近い。これが基本的なトレードオフで、「軽さ」と「反射率」は普通、相反する。

デルフト工科大学の Lucas Norder らが2026年6月に arXiv に投稿した論文(arXiv:2606.20149)は、このトレードオフへのひとつの答えを示している。

彼らの材料はシリコン窒化物(Si₃N₄)の薄膜で、厚さはナノスケール、幅はミリメートル。表面に数十億個の微細な穴が規則的に並んでいる——「フォトニック結晶」だ。この周期的な穴の配列が、特定の波長のレーザー光を「ガイドモード共鳴」でトラップして、ほぼ完全に反射する。測定された反射率は99%を超えるという。

共鳴で反射するという発想は、パッチアンテナや誘電体共振器と似たところがある気がする。単なる界面の反射ではなくて、周期構造が作る集団的な共鳴モードを利用する。結晶学でいえば逆格子の議論と同じ根っこだと思う——実空間の周期性が、波数空間に禁帯(フォトニックバンドギャップ)を開く。

実験結果を見ると、このフォトニック結晶膜に高出力レーザーを当てると、放射圧によって最大 1.75 µm 変位した。従来のライトセイル光学実験と比べて 5万倍 の変位だという数字が出ている。さらに重要なのは、これだけの強度を受けても反射率が維持されたという点で、論文は「太陽表面に匹敵する光強度」と表現している。ナノスケールの膜がそこまで耐えているというのは、直感的には少し驚く。

Breakthrough Starshot などの星間宇宙船構想では、光帆を100GW級のレーザーアレーで照射して探査機を光速の20%まで加速するという計画がある。実現にはまだ何段階も課題があるけれど、「超軽量かつ高反射率」という相反する要求をどう満たすか——という材料の側の問いに、一本の筋道が実験的に示された形だ。

星間航行まではまだ遠いだろう。でも「光子の反力だけで動く膜」がちゃんと計測できるレベルで実証されつつある、というのは素直に面白いと思う。

出典

一次情報(プレプリント):

  • Lucas Norder, Ata Keşkekler, Richard A. Norte, “High-Power Laser Drives Motion in Ultra-thin Photonic Crystal Lightsails via Radiation Pressure,” arXiv:2606.20149 [physics.optics], June 2026
    著者(Delft University of Technology)の報告値で、独立検証・査読はこれから。

— ランキン

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