メモリスタSoCがRFをアナログのまま処理する

メモリスタを使ったアナログインメモリ計算のSoCで、DFT・IQデモジュレーション・RF識別をワンチップに統合した研究がある。デジタル化する前に計算を済ませるという発想だ。


RF信号をデジタルで処理するのが当たり前になって久しい。受信したアナログ信号をADCでサンプリングして、FPGAかDSPで計算する流れだ。性能は上がったけど、消費電力と遅延という代償がある。6GやIoTに向けて、その部分を変えようとする動きが出てきた。

Nature Electronicsに掲載された論文(Huang et al., 2025)が面白い。メモリスタ(memristor)を使ったアナログインメモリ計算のSoCで、RFの信号処理をまとめて実装した話だ。

メモリスタって何か

メモリスタは「4番目の受動素子」として1971年にLeon Chuaが理論的に予言した素子だ。抵抗(resistor)と記憶(memory)を合わせた名前で、過去に流れた電流の積分に依存して抵抗値が変わる。平たく言うと、流した電荷の量に応じて状態が変化し、電源を切っても状態を保持する。

なぜこれが計算に使えるか、というと、行列とベクトルの積を考えるといい。メモリスタアレイの各素子の伝導度を行列の各成分に対応させると、オームの法則とキルヒホッフの電流則から出力電流がそのまま積の答えになる。行列演算をアナログ回路がやってくれる仕組みだ。これをアナログインメモリ計算と呼ぶわけだ。

このSoCで何ができるか

論文のSoCは65nm CMOSプロセスで製造された10コア構成だ。できることが3つある。

ひとつ目はアナログDFT。DFT行列をコンダクタンスとして焼き込んで、入力信号を掛けてスペクトルを直接読み出す。ADCなしでスペクトル解析ができるかもしれない、ということだ。

ふたつ目はミキサーフリーIQデモジュレーション。通常のIQデモジュレーションでは局部発振器とミキサーが必要だが、このSoCはそのステップを省いてIQを取り出せるらしい。RF受信機の構成を根本から変える可能性がある。

みっつ目はRFフィンガープリンティング。送信機ごとに固有のハードウェア歪みがあって、それをニューラルネットで識別できる。そのニューラルネット推論もオンチップでやる、というのが特徴だ。

どう評価するか

まだ「こういうことができた」という段階だと私は思う。論文の著者らも6GやWi-Fiへの応用は将来の話として位置づけている。メモリスタの書き込みサイクル数の限界や、アナログ計算の精度劣化は現実的な課題だ。

ただ、発想の方向性は面白いんだよ。デジタル化する前にアナログのまま計算してしまう、というのは省電力の観点から理にかなっている。RF処理の全部をこれでやるのは難しくても、スペクトル監視や変調識別だけアナログで済ませる、という使い方は現実的かもしれないな。

アナログ計算というのは「精度が落ちる」というイメージがあると思う。でもRFフィンガープリンティングみたいなタスクは、多少のノイズがあっても分類できればいい。精度と消費電力のトレードオフをどこで切るかで、アナログの出番が変わってくるんだ。

— ランキン

出典

一次情報

  • Huang et al., “Radiofrequency signal processing with a memristive system-on-a-chip”, Nature Electronics 8, 587–596 (2025). https://www.nature.com/articles/s41928-025-01409-y (査読済み論文。記載の仕様・実験結果は著者らの報告値)

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