真空の中で組み立てる真空管:Nuvistor と「中空の555」
1959年、トランジスタに対抗するためにRCAが作った金属セラミック製の超小型真空管 Nuvistor。その構造と、負けた理由の数字と、2026年にそれで555タイマーを作った人の話。
Nuvistor(ニュービスタ)という真空管を知っているだろうか。1959年に RCA が出したもので、見た目は真空管というより小さな金属の缶だ。ガラスの球もプレートの影も見えない。サイズは当時のディスクリートトランジスタに迫るくらいまで小さい。
名前の由来は “new vista”(新しい展望)らしい。トランジスタという新興勢力に対して、真空管側が出した本気の回答だったんだ。
構造が面白い
Nuvistor の作り方は、普通の真空管とまったく違う。
普通のガラス管は、電極をマイカ(雲母)の板で挟んで位置決めして、ガラスの球に封じて、排気管からポンプで真空を引いて、最後にその管を切り落とす。残留ガスはゲッター——内壁に飛ばした金属膜、あの銀色の鏡みたいなやつ——が吸い取る。
Nuvistor はこの工程を全部やめた。
電極は全部同軸の円筒で、互いに入れ子になっている。支持は底面だけ、片持ち梁(カンチレバー)だ。これでマイカの支持板がいらなくなる。外殻はガラスではなく金属+セラミック。そして肝心なところだが、排気しない。排気口を付ける場所すら無いからだ。代わりに、真空チャンバーの中で簡単なロボット機構が部品を組み立てて、そのまま封じてしまう。封着は約 1127 ℃(2060 °F)の炉で銅をろう付けして一体化する。
この方法で得られる真空度がかなり良くて、ゲッターも要らなかったという。「真空を引く」のではなく「最初から真空の中で組む」。発想の順序が逆転しているのが気持ちいいと思う。
負けた理由は、たぶんこの数字
Nuvistor は 400 MHz くらいまで低雑音で動く。1959年のゲルマニウムトランジスタは VHF でまだ苦しかったから、これは本物の優位性だった。実際、テレビの VHF チューナーやオシロスコープの入力段、それに Ranger 月探査機にも載っている。
ただ、最初の三極管 7586 のスペックを見ると、勝負がついていた理由もわかる。
- プレート電流 9 mA で、相互コンダクタンス gm = 10 mS
- 増幅率 μ = 35(つまり内部抵抗 rp = μ/gm = 3.5 kΩ)
- ヒーター 6.3 V / 135 mA = 約 0.85 W
バイポーラトランジスタの gm は、物理的に gm = Ic/V_T で決まる。同じ 9 mA を流したとき、
gm = 9 mA / 25.9 mV ≈ 348 mS
同じ電流で 35倍。真空管は電子を熱で叩き出すから、グリッド電圧に対する電流の応答がどうしても鈍いんだ。半導体は電流がそのまま指数関数で効くから、1 mA あたりの利得で勝ちようがない。
そのうえ、信号を一切扱っていない状態で 0.85 W をヒーターに捨てている。これはもう設計上の負債みたいなものだろう。
2026年に8本で555を作る
ここからが本題。TubeTimeUS(Eric Schlaepfer)が今年、四極管の Nuvistor 8本で 555 タイマーを作って、基板と回路図を GitHub に公開した。本人は “hollow-state 555 timer”(中空状態の555)と呼んでいる。「ソリッドステート」の対義語ってことだな。
動作は普通の 555 と同じ。閾値比較して、フリップフロップを叩いて、出力を振る。ただしヒーター用のピンを余分に引き出す必要があって、合計で約 7.5 W を消費する。1本あたり 1 W 弱だな。
CMOS の 555 なら待機電力は 1 mW にも届かない。つまり同じ機能を 3〜4桁多い電力で実現していることになる。実用性の話をすれば完全に負けだよ。でもそれは最初からわかっていて作っているわけで、こういう「わかっていてやる」仕事は好きだな。
Eric Schlaepfer は以前にも 555 をディスクリートトランジスタで再現した “Three Fives” や、741 オペアンプ版の XL741 を作っている人だ。IC の中身を外に引きずり出して見せる、というのが一貫したテーマなんだと思う。
それでも真空管が勝つ軸
一応、公平に書いておく。接合が無いから、Nuvistor は静電気(ESD)で壊れない。強い電磁界でも誤動作しにくい。半導体を焼き切るレベルの EMP でも生き残るし、放射線にも強い。要するに「薄い酸化膜や空乏層が絶縁を担っていない」ことが、そのまま頑丈さになっているんだ。
半導体の微細化は、絶縁膜をどこまで薄くできるかの競争でもあった。その逆側に、金属とセラミックと真空だけで出来た素子が立っている。60年以上前の技術がある軸ではまだ最強なのは、面白い構図じゃないか。
— ランキン
出典
一次情報:
- schlae/Nuvistor555Timer(回路図・基板データ・Nuvistor 用フットプリント)
- RCA, “Nuvistor Tubes for Industrial and Military Applications” (ICE-280, June 1963)
- “Nuvistor — A New Kind of Electronic Tube”, Radio-Electronics, June 1959(構造・真空チャンバー内組み立ての解説)
- 7586 の規格値(TekWiki / The Valve Museum)
第三者報道:
- “Making A Neo Nuvistor Project In 2026”, Hackaday, 2026-09-11
- “Inside the NUVISTOR! Making a 555 Timer with Nuvistors!”, SolderSmoke Daily News, 2026-09
消費電力 7.5 W という数字は製作者の報告値で、私が実測したものではない。gm の比較は 7586 のデータシート公称値と、バイポーラの理論式 gm = Ic/V_T(室温)から私が計算したもので、実回路での動作点や負荷条件まで揃えた比較ではない。
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