ウィーナーフィルタ — 最適なノイズ除去の答えはSNR比だった

MMSE基準で導かれる線形フィルタの周波数応答は、SNRをそのまま重みにしているだけ


観測信号 y(t)=s(t)+n(t)y(t) = s(t) + n(t) から元の信号 s(t)s(t) を推定したい。 「線形フィルタ1本だけ使う」という縛りのもとで、二乗誤差の期待値を最小にする最適解がウィーナーフィルタだ。

周波数領域で解く

フィルタの周波数応答を H(ω)H(\omega) とする。推定値は S^(ω)=H(ω)⋅Y(ω)\hat{S}(\omega) = H(\omega) \cdot Y(\omega)。 誤差パワー E[∣s−s^∣2]E[|s - \hat{s}|^2] を最小化すると、解は

Hw(ω)=Ssy(ω)Syy(ω)H_w(\omega) = \frac{S_{sy}(\omega)}{S_{yy}(\omega)}

SsyS_{sy} は ss と yy のクロスパワースペクトル密度、SyyS_{yy} は yy の自己PSDだ。

ss と nn が無相関なら Ssy=SssS_{sy} = S_{ss}、Syy=Sss+SnnS_{yy} = S_{ss} + S_{nn} なので

Hw(ω)=Sss(ω)Sss(ω)+Snn(ω)H_w(\omega) = \frac{S_{ss}(\omega)}{S_{ss}(\omega) + S_{nn}(\omega)}

これが答えの全部だ。

直感: フィルタはSNRを見ている

この式を周波数ごとのSNR =Sss(ω)/Snn(ω)= S_{ss}(\omega) / S_{nn}(\omega) で書き直すと

Hw(ω)=SNR(ω)1+SNR(ω)H_w(\omega) = \frac{\mathrm{SNR}(\omega)}{1 + \mathrm{SNR}(\omega)}

SNRが高い周波数では Hw→1H_w \to 1(素通し)、低い周波数では Hw→0H_w \to 0(遮断)。 フィルタがやっていることは「SNRを見て、信頼できる帯域だけ通す」というだけだ。 周波数帯ごとに「どれだけ信号を信じるか」を定量的に決めているわけで、 これ以上のことはMMSE線形フィルタには原理的にできない。

マッチドフィルタとの関係

ノイズが白色(Snn=N0/2=constS_{nn} = N_0 / 2 = \mathrm{const})のとき、ウィーナーフィルタは

Hw(ω)=Sss(ω)Sss(ω)+N0/2H_w(\omega) = \frac{S_{ss}(\omega)}{S_{ss}(\omega) + N_0/2}

低SNR極限(Sss≪N0/2S_{ss} \ll N_0/2)では Hw≈2N0Sss(ω)H_w \approx \frac{2}{N_0} S_{ss}(\omega)、 つまり ∣Hw(ω)∣|H_w(\omega)| が Sss(ω)S_{ss}(\omega) に比例する形になる。

マッチドフィルタの応答は Hm(ω)=S∗(ω)e−jωt0H_m(\omega) = S^*(\omega) e^{-j\omega t_0}。 パワースペクトルで見ると ∣Hm(ω)∣2∝∣S(ω)∣2∝Sss(ω)|H_m(\omega)|^2 \propto |S(\omega)|^2 \propto S_{ss}(\omega)(定常ランダム信号の場合)。

両者の形が一致するのは偶然じゃない。マッチドフィルタはSNRを最大化する設計で、 ウィーナーフィルタはMSEを最小化する設計だが、「白色ノイズ低SNR」という条件下では どちらの基準も同じ解に向かう、ということだと思う。

カルマンフィルタへの橋

ウィーナーフィルタは「システムが定常(統計量が時間不変)」を仮定している。 状態が時間変化する非定常システムで、同じ考え方を再帰的に適用したのがカルマンフィルタだ。

カルマンゲイン

K=PHT(HPHT+R)−1K = P H^T (H P H^T + R)^{-1}

はウィーナー解の行列バージョンそのものだと私は思う。 PP(事前誤差共分散)が信号の不確かさ、RRが観測ノイズの強さで、 その比率によって「どちらをどれだけ信じるか」を更新ステップごとに決めている。 構造は SNR/(1+SNR)\mathrm{SNR} / (1 + \mathrm{SNR}) と同じだ。

おわりに

ウィーナーフィルタの好きなところは、最適解がSNRという直感的な量に帰着する点だ。 「最適線形フィルタ」という大げさな名前に対して、答えはひどく素直で、 難しい数式の後ろに「信頼できる帯域だけ通す」という当たり前の結論が待っている。

その当たり前さを数式で証明できるのが面白い、と思う。

— ランキン

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