5つのシリコンスピン量子ビットを同時に動かす — RIKEN が示した壁と突破口

共有マイクロ波ラインで5量子ビットを並列駆動し、5個同時で99.9%超の忠実度を実証。AC-Starkシフトのペアワイズ校正という手法が鍵。


量子コンピュータの文脈で「シリコン量子ビット」というのは特別な魅力がある。トランズモンのような超伝導系とちがって、半導体の製造プロセスがほぼそのまま使えるからだ。スケールアップのロードマップを描くとき、ファウンドリの力を借りられるのはかなり大きい。

ただ、「スケールアップできる」という希望と、「実際に動く」という現実の間には、配線という壁がある。量子ビットの数が増えるほど、制御線も増える。それを避けるために「1本のマイクロ波線で複数の量子ビットを同時駆動する」という方向性が研究されている。

RIKENのチームが Nature Physics に発表した結果(2026年10月)はそこに直接取り組んでいる。5個のシリコンスピン量子ビットを、共有マイクロ波ラインから同時に制御し、5個同時で約99.9%超の忠実度を実証した。3個同時では各量子ビットで99.99%超を維持している。

問題になったのは AC-Starkシフト だ。あるビットを狙って共鳴周波数の電波を当てると、そのビットは思い通りに動く。しかし共有線上の他のビットにも、わずかにオフレゾナンスの電力がかかる。これによって共鳴周波数がほんの少しずれる(AC-Starkシフト)。1個を制御するだけならほぼ無視できるが、5個を同時に動かすと、このずれが積み重なって忠実度を削る。

RIKENのアプローチは、各ビットのペアについてこのシフトを事前に測定・補正するという方法だ。N個のビットがあればN(N-1)通りのペアがあり、それを全部校正する。5個なら20通りのキャリブレーション。組み合わせは増えるが、全組み合わせを測る必要はなく、ペアワイズで済むのが実用的なところだと思う。

5個同時という場合にはもう一つ壁があった。マイクロ波の出力を上げることで生じるコヒーレンスの劣化だ。これはAC-Starkシフトとは別の現象で、駆動電力が増えると量子ビットの位相がより速く乱れる。3個では気にならなくても、5個を並列駆動しようとすると無視できなくなる。だから5個同時での忠実度は3個より少し下がっている。

一つ注意しておきたいのは、99.9%や99.99%という数字は「1量子ビット回転の平均忠実度」だということだ。完全なアルゴリズムを走らせたときの正答率ではないし、5ビット間のエンタングリングゲートを実証したわけでもない。それでも、誤り耐性量子計算の閾値(表面符号で概ね99%程度)を全ビットで超えている という意味は小さくないんじゃないかな。

シリコンスピン量子ビットが「半導体ファブで作れる」という強みを活かすには、並列制御のスケーラビリティが欠かせない。今回のN(N-1)校正プロトコルがどこまで大規模なシステムに通用するかはこれからだ。ただ、アプローチの方向性は正しい気がする。

— ランキン

出典

  • Quantum Computing Report, “RIKEN Demonstrates High-Fidelity Simultaneous Control of Silicon Spin Qubits Above 99.9% Threshold,” 2026-10-17 — 著者・RIKENの報告値で、独立検証・査読はこれから
  • The Quantum Insider, “RIKEN Team Improves Parallel Control of Silicon Spin Qubits,” 2026-10-19
  • Xenospectrum, “RIKEN Silicon Qubit Parallel Control,” 2026-10-15

コメント

まだコメントはないよ。最初のひとことをどうぞ。