レンズがフーリエ変換するのは、90度だけ回しているから

伝播とレンズを三段に組むと位相平面の回転になる——では、距離と焦点距離をいくつにすれば何度回るのか。解くと 90 度のところに、教科書の 2f 系がそのまま現れる。


前に分数フーリエ変換の記事を書いたとき、光学との対応のところで「ここは別に一本書けるくらいの話だと思う」と書いて、そのまま置いていった。読んでくれた人からもそこを掘ってほしいと言われたので、宿題を片付けることにする。

前回の要点だけ引き写しておく。光線を「光軸からの距離 xx」と「光軸に対する傾き θ\theta」の二つで表して、それを軸にした平面——位相平面——を考える。信号処理の時間-周波数平面と同じ形の紙だ。

傾きが十分小さい範囲に限れば(これを近軸という。sinθ\sin\thetaθ\theta で済ませていい、くらいの意味だ)、光学系を通ったときの (x,θ)(x, \theta) の移り方は線形になり、2×22\times2 の行列で書ける。この平面の上で、

  • 自由空間を距離 zz 進むこと P(z)=(1z01)P(z) = \begin{pmatrix} 1 & z \\ 0 & 1 \end{pmatrix} は、せん断
  • 焦点距離 ff の薄レンズ L(f)=(101/f1)L(f) = \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ -1/f & 1 \end{pmatrix} も、向きが 90 度違うせん断

で、どちらも行列式が 1 だから面積を保つ。せん断を二枚重ねても回転にはならないが、三段——伝播・レンズ・伝播——にすると回転が作れる。前回はそこまで書いた。

書かなかったのは、では距離と焦点距離をいくつにすれば何度回るのか、という肝心のところだ。今回はそれを解く。

三段を、掛けてみる

対称に組む。両側の伝播距離を同じ zz にして、真ん中に焦点距離 ff のレンズを置く。

P(z)L(f)P(z)=(1z/f2zz2/f1/f1z/f)P(z)\,L(f)\,P(z) = \begin{pmatrix} 1 - z/f & 2z - z^2/f \\ -1/f & 1 - z/f \end{pmatrix}

対角成分が両方 1z/f1 - z/f で揃っている。回転行列 (cosαsinαsinαcosα)\begin{pmatrix} \cos\alpha & \sin\alpha \\ -\sin\alpha & \cos\alpha \end{pmatrix} も対角が揃っているから、ここは噛み合いそうだ。せん断二枚だと対角が揃わなくて届かなかったのは、この一点だった。

あとは見比べる。ただし xx は長さ、θ\theta は角度で単位が違うので、そのままでは「45 度回した」と言えない。ss という長さのスケールを一つ決めて、x/sx/ssθs\theta を軸に取る。この ss が、その光学系にとっての「位置と角度の換算レート」になる。

左下成分と対角を回転行列と突き合わせると、

cosα=1zf,1f=sinαs2\cos\alpha = 1 - \frac{z}{f}, \qquad \frac{1}{f} = \frac{\sin\alpha}{s^2}

この二本を zzff について解いて、

  z=s2tanα2,f=s2sinα  \boxed{\;z = s^2\tan\frac{\alpha}{2}, \qquad f = \frac{s^2}{\sin\alpha}\;}

これで全部だ。右上成分は使わずに決まってしまったので、勝手に合ってくれないと困る。2zz2/f2z - z^2/f に代入すると、

2s2tanα2s2tan2α2sinα=s2(2sin(α/2)cos(α/2))(1sin2α2)=s2sinα2s^2\tan\frac{\alpha}{2} - s^2\tan^2\frac{\alpha}{2}\sin\alpha = s^2\left(\frac{2\sin(\alpha/2)}{\cos(\alpha/2)}\right)\left(1 - \sin^2\frac{\alpha}{2}\right) = s^2\sin\alpha

ちゃんと合う。三段の光学系が、位相平面をきっかり α\alpha だけ回す。

同じ三段構成で、回した角度 α だけを変えたときの並び(s² = 1 として長さは実寸比)zzα=45°z = tan22.5° = 0.41f = 1/sin45° = 1.41 → z < fz = fz = fα=90°z = tan45° = 1、f = 1→ z = f = いわゆる 2f 系zzα=120°z = tan60° = 1.73、f = 1/sin120° = 1.15 → z > f縦線=物体面と出力面、楕円=レンズ。α を大きくするほどレンズは遠ざかり、距離 z が伸びていく。ちょうど 90° 回すところで z と f が一致する——それが、フーリエ光学の教科書に最初に出てくる配置だ。どの段でも行列式は 1。形は変わっても、位相平面上で囲む面積は変わらない。

90 度のところに、見慣れたものがある

α=π/2\alpha = \pi/2 を入れてみる。tan(π/4)=1\tan(\pi/4) = 1sin(π/2)=1\sin(\pi/2) = 1 だから、

z=s2,f=s2z = s^2, \qquad f = s^2

z=fz = f になる。焦点距離だけ離して物体を置き、レンズを通し、また焦点距離だけ離して受ける。2f 系だ。フーリエ光学の教科書の最初に出てくる、あの配置がそのまま出てきた。

つまり「レンズは焦点距離のところでフーリエ変換をする」というのは、回転がちょうど 90 度になる場合なんだ。他の角度が禁じられているわけではなかった。zzff を上の式に従って選び直せば、45 度でも 120 度でも回る。そして中途半端な角度の回転こそが、分数フーリエ変換にほかならない。

私が長いこと「そういうものだ」として覚えていた性質は、連続的な族の中の一点を指していただけだった。レンズが特別なことをしているのではなく、90 度まで回すと変換に名前が付いている、というだけの話だったんだ。ここは気持ちがいいと思う。

言い換えると、こうも言える。物体とレンズと出力面の距離を中途半端にした系の出力は、物体の分数フーリエ変換だ。焦点からずれた面に出ているのは、ただの半端にボケた中間像ではなくて、ちゃんと名前と次数を持ったものだった。

どんな光学系も、三つに分かれる

もう一段だけ足しておく。行列式 1 の 2×22\times2 実行列の集まりを SL(2,R)SL(2,\mathbb{R}) という。損失のない近軸光学系は、全部この中にいる。

この群には岩澤分解という定理があって、任意の元が

M=(回転)×(スケーリング)×(せん断)M = (\text{回転}) \times (\text{スケーリング}) \times (\text{せん断})

の積に、一意に分解できる。光学の言葉に翻訳すると——どんな光学系も、分数フーリエ変換と、倍率と、レンズ一枚ぶんの位相の三つに必ず分けられる、ということになる。

レンズと空間をどれだけ複雑に並べても、やっていることはその三つの組み合わせしかない。系がごちゃごちゃして見えても、位相平面の上では「どれだけ回して、どれだけ伸ばして、どれだけ倒したか」の三つの数で言い尽くせる。設計の自由度が思ったより狭い、と読むこともできるし、逆に、三つ揃えれば何でも作れる、と読むこともできる。

同じ幾何を喋っている

光学で ABCD 行列と呼ばれているものと、信号処理で時間-周波数平面を回すと言っているものは、結局同じ群だった。片方の軸は位置と光線角度、もう片方は時間と周波数。名前が違うだけで、面積を保つ線形変換という骨格は共通している。

面積が保たれることの意味も、両側で対応している。光学では損失がないこと。信号処理では不確定性——時間方向に絞れば周波数方向に広がる、というあれだ。面積は潰せない、向きを変えられるだけというのは、どちらの言葉でも同じ内容を指している。

宿題として残していたものを解いてみたら、覚えるしかないと思っていた事実が、二つの掛け算から落ちてきた。tan(α/2)\tan(\alpha/2) という半端な形が出てきて、α=90°\alpha = 90° でちょうど 1 になってくれるあたりが、いちばんきれいなところだと思う。

— ランキン

出典

一次情報・原典:

本文の対応関係(P(z)L(f)P(z)P(z)L(f)P(z)z=s2tan(α/2)z = s^2\tan(\alpha/2), f=s2/sinαf = s^2/\sin\alpha のとき回転行列に一致すること、および α=π/2\alpha=\pi/2z=fz=f に落ちること)は、こちらで数値的に確かめてある。近軸近似・薄レンズ・無損失を前提にした話なので、収差や有限開口の効果はこの枠の外にある。

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